vol.45 『セントラルパークとブライアン・フェリー』
薙野 たかひろ

摩美の4年間で1度だけ、原宿に行ったことがある。2年の時だったと思う。アートに詳しい先輩と、原宿駅で降りて歩道橋を渡って渋谷に歩いて向かった。当時、原宿寄りの渋谷にあった前衛パフォーマンス集団「ゼロ次元」に、16mmフィルム「いなばの白うさぎ」を借りに行ったのだ。多摩美で自主上映するためだった。秋に入ったばかりの晴れた日、バザーで手に入れたよれよれのコートにゴム長靴というスタイルのボクは、初めての原宿、そして「ゼロ次元」に気後れしないようつっぱっていたんだと思う。(なんでゴム長靴?) 

んなボクが原宿のセントラルアパートにあるデザイン会社ハローハローに入社したのは、3年後の1977年4月。毎日、原宿駅からケヤキ並木を歩いて通勤した。今思い出しても表参道はキラキラとまぶしかった。会社に着くと、マイケル・フランクスの「スリーピング・ジプシ-」が流れてるようなお洒落なオフィス。午前中は1階で打ち合わせをしながら世間話をしてると、すぐお昼。午後は仕事したんだろうけど、新人のボクはいつもボーッとしていたような記憶しかない。ハローハローには、稲越功一、吉村則人など著名カメラマンが頻繁に出入りしていた。スタイリストの佐藤チカと中西俊夫も時々みかけた。ある日、2階のボクの仕事机の落書きを目にしたチカが、「イラストレーターになれば」と言ったことを覚えている。当時、グラフィックデザイナーになることしか考えてなかったボクは、気にもとめなかったけど。

5月に入り、1階の駐車場スペースの工事が始まった。吹き抜けの廊下の手すりにもたれ下をのぞき込みながら、一体何ができるか噂していると、やおら駐車場の壁にサングラスをかけた伊達男、ブライアン・フェリーの新譜「in your mind 」のジャケット写真がドーンと現れた。ビルボード広告! 今はどこでも見かけるけど、当時は珍しかった。そして、1階吹き抜けスペースは、「セントラルパーク」という名称でオープンカフェ・レストランになることが伝わってきた。日毎に工事は進み、相変わらず伊達男は壁から虹色の光の中でサングラスをかけてこっちを見ている。なんで、工事中のまだお客のいない場所にブライアン・フェリーの広告をだしているのか不思議だった。ロキシー・ミュージックのファンで、このソロアルバムもすでにお気に入りの1枚となってたし、近々来日するコンサートのチケットも購入済みのボクは、仕事をさぼっては、壁のでかい伊達男を見おろしながら、4階の手すりにもたれタバコをくゆらしてた。

月に入ってすぐ、その日はなんだか下が騒がしい。仕事が終わり、4階の手すりからのぞいてみると凄い人だかり。なにかが始まってる。そうか、今日が「セントラルパーク」のオープンなんだっけと思いながら眺めていると、大勢のカメラマンが誰かを撮影している。どうも外人みたい……、なんとそれは、ブライアン・フェリーその人じゃないか! マンザネラも! 慌てて下に降りて行くと、その日「セントラルパーク」は、ブライアン・フェリー初来日のレセプション会場になっていた。関係者のふりをしてまぎれ込むと、業界人やモデル達が集まってる。ブラックタイの今野雄二が司会。加藤和彦がマンザネラと喋っている。人混みをかきわけ、会社から持ってきたSX70でポラを撮る。青いスーツのブライアン・フェリーを撮って、サインをもらう。近寄りがたいクリス・スペディングからも。ジョン・ウェットンもいる。もちろん、ポール・トンプソンも。豪華メンバーに舞い上がって上気してるボクに、「セントラルパーク」に流れる初夏の風が心地よい。永遠に続きそうな楽しい夜。

の時はソロとしての初来日で、ロキシー・ミュージックとしての来日は2年後の1979年まで待つことになる。そしてボクは会社勤めが1年もたず、その年の秋にハローハローを退社する。何年か過ぎ、20代終わりには前にチカに言われたようにイラストレーターになっていた。

日談として、2014年、友人の中村のんが「70’s 原風景 原宿」展を開き、有名カメラマンに混じって、イラストレーターのボクも参加した。この日のポラを額装して出展したのだ。何十年ぶりに見るポラロイドは鮮やかで、あの夜を思い出させてくれた。風が気持ち良かったこと、25歳の上気したボクを。

さらに後日、ポラロイド写真は、展示のあとネットにあがり、それを見つけたブライアン・フェリーのスタッフから写真借用に関する問い合わせのメールをもらった。こんな嬉しいことはない。


ブライアン・フェリーのビルボード広告 1977

ブライアン・フェリー初来日レセプションパーティ 1977

その夜 SX70で撮ったポラロイド 1977

ハローハロー2階のワークスペース 左は雨宮さん 中は長田くん 1977

「in your mind 」
ブライアン・フェリー ソロアルバム

セントラルパークから明治通りへの通路
右はハローハローの中澤寿美子さん
(写真 達川清)

筆者 プロフィール

薙野たかひろ

1952年福岡生まれ。多摩美術大学グラフィック科卒業。イラストレーター。広告、TVCM、キャラクターなどのイラストレーション。代表作としてスタジオアルタのポスター(1983~2003)、リクルートB-ingリニュアルキャンペーン、ミスタードーナッツのプレミアムグッズ、POSH BOYのグラフィックなど。著書に絵本『これはあっこちゃん』(谷川俊太郎/文)、作品集『HELLO NAGINO POSTERS』(郎文堂)がある。1982年から毎年作ってる『PAPER CALENDAR』は、今年で37年目になる。
http://www.nagino.jp

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