vol.35 『セントラルアパート470号室 HALLO HALO』達川清

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戸内の今治から上京して一週間で母の死の知らせが届いた。今生の別れにと、出がけに骨ばった膝枕で私の薄い髭を剃ってくれた。

暗い雨の中、初めて原宿に行き広い表参道を歩いた。オリエンタルバザーで番傘とランプシェード(イサムノグチデザインとも知らずに)を買った。コーヒーの味も分からないのでレオンを通り過ぎ教会を見上げて竹下口へ。田中商店という店が一軒あるだけの静かな町だった。

芸写真科に入学したものの一ヶ月でバリケード。学生運動の嵐が吹き研究室は荒らされてひどい大学生活のスタートにうんざりしていた。

神田の古書店でBAZAARを買い漁りHIRO WAKABAYASHIに夢中になっていた。作品撮影用の衣装を探していたとき、新宿にあった森英恵さんのブティックひよしやに偶然入ったら、学生の僕に「撮影でしたらお貸ししますよ」と。驚いた!

東雲13号埋立地で撮影したプリントを50枚持ってお礼に行ったことから道が開けた。流行通信での仕事がいきなり始まり睡眠時間は3時間。夢中で走り出した大学三年の時。

我妻マリ&山口小夜子のジャンプショットの写真がコマーシャルフォト誌の川村民子さんの目に止まり、『ファッション写真の新鋭』に選ばれた。原宿竹下通りのJAPON, セントラルアパートのHALLO HALOとつながり連日の原宿参りが始まった。

流行通信のインタビューページで吉田大朋氏、伊丹十三氏、山本寛斎氏。そしてファッションスナップでは高橋靖子さんを偶然セントラルの入り口で。もちろん全然知らずに。セントラルアパートに入るとすぐにあった小松カメラの親父さんの存在感がすごくて、ファッションコマーシャル撮影に登場してもらったことも。

が頻繁に訪れていたセントラルアパートの「HALLO HALO」は、メゾネットの作りのおしゃれなデザイン事務所で、ユニークな若きデザイナーたちが集まっていた。社長の津吹さんが企画した『Noko & 9 Photographers』展には、N.Y. U.K.からも多くのアーチストが集い素晴らしかった。

僕の写真も参加した中村のんさんがディレクションした『70’HARAJUKU』、この写真集の装丁デザイナー白谷敏夫君、そしてイラストレーター薙野たかひろ君、グラフィックデザイナー藤川文博君、現在PABULO取締役・阿久沢忠仁君は、当時HALLO HALOにいたメンバーで仕事仲間でしたが、今や生涯通じての良き友。

セントラルアパートの1階にあった吹き抜けのカフェ「CENTRAL PARK」には、たくさんの若きクリエーターたちが集い、LIVE コンサートもあったり、インベーダーゲームが置かれみんな夢中に!

堀切ミロさんが70年後半に開いたショップ『スーパーミーハー』も忘れ難い。数年の間に原宿は若者天国になっていった。

後に。「ダイヤルサービス」という会社がセントラルアパートにあった。携帯電話がなかった時代、私宛の電話連絡を随時に知らせてくれる他にも、モーニングコールのサービスもあって非常に助かった。留守番電話的なものだったが、相手先にはきちんとした対応ができるため一人で走り回っている者にはオフィスがあるようなものだった。あらためて感謝。

【思い出の秘話】
– はたきみえ(スタイリスト)-
JAPONの園部さんとPOP MODEの初打ち合わせで「達川君よく一緒に仕事をするスタイリストいますか?」と聞かれ、(スタイリストの知り合いはいなかったので)さて困ったな!すぐ後にコロンバンでモデルの邱 玲悌さんに会い「スタイリストって知ってる?」と聞くと「あら!このあと会うわよ!」「すぐ紹介して!」オープンしたばかりのアンデルセンに行き、はたさんと会った。「あら!コマフォト見ました!ちょっと写真のイメージと違うけど!!」意気投合して早急に打ち合わせに向かった。はたさんとはその後、(今も)長い付き合いになる。人生、愉快。

– 白谷敏夫(グラフィックデザイナー)- 
当時、画期的だった鈴屋の子供服「SUZUYA NU」の仕事で初めて会った撮影現場。優しくまろやかにとイメージして、フォッグフィルターを三日かけて用意して撮影に臨んだ。準備をしてはいシューティング!あれ!フィルターが綺麗に磨かれている!白谷君が「こんなに汚いレンズで!何て奴だ」と思い綺麗にしてくれていた!そのときはショックで怒った。でも、(今となると)ごめん!ありがとう!!

– 薙野たかひろ(イラストレーター)-
撮影後の打ち上げでのこと、皿に顔があってもいいじゃないか!と、集まった店の大皿にマジックで得意のスタイルで絵を描き出し大盛り上がりしていると店の人がカンカンになって大騒動が始まってしまった!思えば愉快な大事件。後に独立して(80年代に入って)、人気イラストレーターとして大ブレイクした彼が結婚式の引き出物にして大好評だった手描きの絵皿のルーツかな?


セントラルアパート1階にあったセントラルパークに続く廊下。薙野たかひろ、中澤寿美子 二人とも「HALLO HALO」の若きメンバー

「HALLO HALO」のメンバーだった白谷敏夫君。当時からサーファーでスケボーで会社に通ってきてた。セントラルアパート1階にあったレオンの前で。

左から 加島多恵子、はたきみえ、堀切ミロ(写真集「70’ HARAJUKU」から)

左上 達川清  右上 野村真一(ヘアーメイク) 左下 はたきみえ

セントラルアパート1階の「小松フォト」の「小松のおじさん」にモデルをお願いしたファッションページ

「表参道のヤッコさん」こと、日本のスタイリスト第一号の高橋靖子さん

プラスチックスのチカ

一世を風靡したモデル vivienne

坂井直樹、モデルのみどり

筆者 プロフィール

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達川清(写真家)

[写真:1974年、写真家・与田弘志氏夫人ブリットが撮影]

1948年、愛媛県生まれ。
日本大学芸術学部写真学科卒業。
1970年、作品撮影用衣裳をHIYOSHIYA BOUTIOUEに探しに行ったことをきっかけに『流行通信』誌に作品が掲載され、在学中より専属をし、ファッション写真家としての活動を開始。セントラルアパートのHALLO HALO津吹さんと出会い原宿通いが始まる。以降、ファッションフォトグラファーの第一人者として活躍。
最近の写真展に
2015 「TOKYO 8X10 EXHIBITION」 目黒美術館市民ギャラリー
2015 石光 in Photo POETIC SCAPE
2016 「SHOT SHOT」 ギャラリー E&M

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