vol.20 『原宿パレフランス』橘かがり

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が原宿に越してきたのは1970年、十歳の夏のことだった。それまでは母方祖父母と共に、井の頭線沿線の浜田山に住んでいた。当時の浜田山は目の前に畑も広がる牧歌的な場所で、舗装されていない道も多く、雨が降るとぬかるんだ。近くに松本清張さんの大きなお宅があった。
 母の実家には子どもが駆け回れる程度の庭があり、小さな池には鯉が泳いでいた。祖父がジュリという名のコリーを飼っていたので、私は祖父と一緒に犬の散歩を楽しんだ。ある朝ジュリが見当たらないと思ったら、軒の下で死んでいた。雪の降る日だった。ジュリがいなくなってから、家はめっきり寂しくなった。

 それからしばらくたってからだった。「都心に引っ越したい」と、母が頻りに言うようになったのは。

は当時東洋英和女学院の小学生で、井の頭線を使って渋谷まで出て、渋谷からバスで六本木まで通っていた。片道五十分ほどかかったと記憶している。引越しの表向きの理由は、私の通学に便利な場所へ移るということだった。けれど「都心に住みたい」というのが母の本音だというのは、子ども心にもよくわかった。祖父母は寂しそうな顔をしたが、父にとっても通勤が楽になるのは喜ばしいことで、母の希望はそのまま通った。
 引越しの日、隣に住むカヨちゃんという女の子が見送りに来てくれた。私は母の運転する車から身を乗り出し、大きく手を振った。カヨちゃんと一緒にシロツメクサで冠を作ったり、丈の高い向日葵と背比べをしたり、祖父と雪だるまを作ったりすることは、もう叶わないのだと私は悟った。

しい住まいは明治通り沿いの十一階建て新築マンションの七階だった。ベランダから東郷神社の杜がよく見渡せたが、見下ろすのは怖くて足がすくんだ。明治通りには夜になってもたくさんの車が行きかい、一日中車の音が絶えることはなかった。子ども部屋の窓から空がすぐ目の前に見える浮遊感に慣れるまで、しばらく時間がかかった。 
 外苑前のバス停から六本木行きのバスが走っていたので、私はバス通学することになった。バス停まで十五分ほどかかり、汗ばむ夏や木枯らしの吹く冬はきつく、通学が楽になったとは言いがたかった。
 バス停までの表通りには、洒落たマンションや喫茶店やブティックが並んでいたが、一歩裏道に入ると、老朽化した家屋や古い商店が点在していた。そのギャップにも驚かされた。

ンションの自治会長を引き受けてくれたのは、白髪のダンディな建築家だった。東郷神社の隣にオープンするファッションビルの建築を手がけているという。彼の妻はセンスの良いマダムで、マンションの一室を茶室にして、茶道の師範もしていた。洋装も和装も着こなす理知的で上品な人だった。夫妻に似た娘たちは、長い手足に東京女学館の白いセーラー服をひらひらさせて、やはりバス通学をしていた。
 原宿にも学校にもとけこめず、鬱屈していた私と違って、姉妹は原宿の景色に無理なく溶け込んでいた。優雅で垢抜けた一家の姿は、都心のマンション暮らしを象徴するような存在だった。

どなくして建築家の設計した「パレフランス」が、竹下通り出口の明治通り沿いに完成した。ヨーロッパのファッション衣料やアクセサリー、家具などを販売する複合ビルで、カルティエ、ゲラン、ジバンシィ、ジャン・パトゥ、ウンガロ、グッチ、レオナールと、きら星のような老舗名店が並んでいた。
 建築家の妻に誘われて、母はオープニングの日にパレフランスへ出向いた。ヨーロッパを訪ねたことのなかった母は、フランスやイタリアの高級ブランドに目を輝かせた。レオナールの鮮やかなブルーのワンピースは、色白の母によく似合った。母が好んで使ったジャン・パトゥの香水「JOY」の甘い香りも忘れられない。戦後すぐの時代に青春を過ごした母にとって、この頃が遅れてやってきた本物の青春だったのかも知れない。

1972年には千代田線が開通して明治神宮前駅ができ、原宿は若者たちでますます賑わうようになる。そして若者文化は次第に原宿から渋谷方面へと推移して行く。私はバス通学をやめて、千代田線で乃木坂まで行き、そこから六本木まで歩くことにしたが、乃木坂駅から六本木五丁目までの距離が予想以上に長く、結局またバス通学に戻った。1976年に我が家は同じ明治神宮前の別の場所に引っ越すが、それからも私はずっとバス通学を続けた。道行く人たちのお洒落ないでたちを横目に眺めては目を伏せ、俯きかげんに歩きながら。

 この辺り一帯の土地やマンションの値が、桁違いに高騰し、住人たちの運命を狂わせていくのは、まだずいぶん先のことになる。


1983年ごろ原宿マンションにて

筆者 プロフィール

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橘 かがり(作家)
撮影:田中伸明

東京都杉並区生まれ。東洋英和女学院高等部卒 早稲田大学第一文学部西洋史学科卒
都市銀行、つくば科学博覧会日本政府館コンパニオン、塾講師などをへて、同人誌『湧水』に参加。
2000年 文学界同人誌下半期優秀賞候補。
2003年「月のない晩に」で小説現代新人賞受賞。
著書に『判事の家』(ランダムハウス講談社)『焦土の恋’GHQの女’と呼ばれた子爵夫人』(祥伝社)
http://kagari-tachibana.seesaa.net/

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